飯能市3人殺害事件

斎藤淳両親「なぜ見捨てた」ウィリアム夫妻に重ねた面影

飯能市殺害事件飯能市3人殺害事件

埼玉県飯能市男女3人を殺害したとして、斎藤淳容疑者(40)が逮捕されました。斎藤容疑者の犯行の動機などについてはまだ明らかにされていません。斎藤容疑者はどのような環境で育ってきたのでしょう。斎藤淳父親がメディアの取材に語っています。斎藤淳容疑者と両親の関係性について調査してみます

斎藤淳生い立ち「さわやかサッカー少年からぼっちの陰キャな独身男」

斎藤淳両親父は「息子とよく家族旅行に出かけた」

幼少期は父親と公園や山で遊んだといいます。父方の祖母に連れられて湘南の海に行ったり、定期的に家族旅行に出かけたといいます。斎藤淳容疑者も活発な子どもだったと父は語っています。

斎藤淳容疑者は幼少期、父との関わりも多くあったことが分かります。家族旅行も定期的に行き、家族仲もこの時は良かったのでしょうね。

斎藤淳両親父は勉強を強要することはなかった

斎藤淳容疑者はごくごく普通の子どもでした。成績面も特別できないとかもありませんし、斎藤容疑者父親から勉強しろとうるさく言ったことはないとのことです。

斎藤淳容疑者の父親は特に、斎藤淳容疑者の成績で口を挟むようなことはなかったようです。父親に対する教育への恨みも特になさそうだと推測できます。

斎藤淳両親父は単身赴任で家を空けることもあった

斎藤淳容疑者の父親は単身赴任で家を空けている時期もあったというが、少なくとも斎藤淳容疑者と暮らしていた18年間の間には、息子が家庭内で何かトラブルを起こしたり、警察沙汰になったりするようなことはなかったと言います。

斎藤淳容疑者は、父親が単身赴任で自宅にいない状態であっても、気持ちが荒れるということはなかったようです。単身赴任が終われば自宅に戻ってくるという安心感があったのでしょうか。

斎藤淳両親父親も「映画好き」同じ趣味を持つ親子

「私も映画が好きで、家には古い名作のDVDやビデオが置いてありました。高校生くらいの時から、淳がそれらを自分の部屋に持っていって見るようになりました。映画監督になりたいという話を聞いたことはありませんが、映画は好きでしたね。サスペンスやアクションやホラーなどを好まず、ヒューマンドラマを好んで見ていました」  引用:集英社

斎藤淳容疑者は映画好きな父親の影響を受けていたようです。次期に映画監督を目指すきっかけになったのでしょうか。映画を作って父親に見せてあげたいという思いもあったのではないでしょうか。斎藤淳容疑者と父親の関係は良好だったのだと思われます。

 

斎藤淳両親は23年前に離婚息子の反応は沈黙

斎藤淳容疑者の両親が離婚したのは今から23年前のことだといいます。斎藤淳容疑者高校を卒業する年のことで、原因は子どもたちにはなく、両親の関係性の問題だったようです。

斎藤容疑者は父親から離婚を告げられると、黙って聞いていたといいます。父親によりますと斎藤淳容疑者は少し神経質な所もあるといいます。

両親の離婚について何か斎藤淳容疑者は、思うものがあったのでしょうか。口数は少ない方だったようですので言葉に出して言えないこともあったのでしょう。

斎藤淳両親父は離婚後息子と離れ長野県の田舎へ引っ越す

調べによりますと、斎藤淳容疑者の父親は離婚後、斎藤淳容疑者とは別居し、長野県の田舎へ引っしてしまったようです。斎藤淳容疑者の同居家族は、父、母、姉、祖母と5人で暮らしていたとのことです。

斎藤淳容疑者にとって父親は、家族の中で唯一の男同士でしたので、父親がいなくなってしまったことは、斎藤淳容疑者の中で寂しさもあったのではないでしょうか。

斎藤淳両親離婚後父親は息子と何度も連絡をとろうとしていた

「実は離婚してから淳に何度も電話はしているのですが、一度も出たことはありません」

斎藤淳容疑者の父親は、離婚後も息子の斎藤淳容疑者を気にかけていたようです。しかし、斎藤淳容疑者はなぜか、父親との連絡を拒否していたようです。その後も斎藤容疑者と父親が会うことはなかたようです。

斎藤淳父親の好きな「映画」監督への道を閉ざす

斎藤淳容疑者は約15年前、新人監督育成のための映画祭で助成対象者に選ばれたことがあった。映画祭でディレクターを務めた映画監督の男性によると、斎藤容疑者が政策していたのはHIVの感染者が主人公の映画で、タイトルは「ギフト」。撮影終了後の編集中に音信不通になり、未完で終わったという                   引用:東京新聞

2005年「TIROL Short Film Contest」、若き才能ある映画館監督 #斎藤淳 容疑者の「手紙」は審査員特別賞を受賞。準大賞には「22年目の告白」の入江悠監督。斎藤淳は2005年に「手紙」という作品で「ドライブマイカー」の濱口竜介と肩を並べていた。

 

斎藤淳容疑者が監督を務めた作品は、高評価を受けていたようです。斎藤淳容疑者を知る友人は「才能ある人だった」と話しています。

斎藤淳容疑者は25歳頃、映画製作に携わっていたようです。しかし、その作品は、完成することなく、未完成で終えたと言います。作品の制作途中で、斎藤淳容疑者に何があったのでしょう。この後から斎藤淳容疑者は自宅に引き込もるようになったといいます。

映画好きな父親と共通する趣味が閉ざされてしまいました。

斎藤淳両親母は息子の暴力がきっかけで家を出る

斎藤淳容疑者の両親が離婚し父親が出て行ったあと、斎藤淳容疑者は母親と姉と一緒に暮らしていたようです。しかし、10年近く前に斎藤淳容疑者の母親は息子を残し家を出ていったといいます。その理由は「暴力が原因」のようです。

斎藤容疑者の姉も5年前に家を出ていき、斎藤淳容疑者は1人ぼっちになったと言います。斎藤淳容疑者はなぜ、母親に暴力を振るうようになったのでしょう。斎藤容疑者と母親との関係性は悪かったのだと推測されます。

斎藤淳両親母は家を出た後息子の生活費を支援

斎藤淳容疑者は、定職にもつかず自宅に引きこもっていたようです。斎藤淳容疑者の生活費はどうしていたのでしょう。住宅ローンを払い終えていたにしても、電気代や自宅の固定資産税などがあるはずです。

父親とは20年以上連絡をとっていなかったとのことでしたので、母親が斎藤淳容疑者の生活費を賄っていたのではないかと推測されます。

斎藤淳両親息子が6回問題を起こしても放置

斎藤容疑者はウィリアム夫妻の車を傷つけたり、石を投げるなどして今まで、6回も被害届を出されていたようです。そのうち3回逮捕されたが、不起訴となったようです。

取材に答えた斎藤淳容疑者の父親の元にも弁護士から書面が届いていたといいます。

その文書の中には、「今住んでいるあの家からとにかく出て行ってほしい」と書かれていました。その時もとんでもないことになってしまったと思いましたが…まさか、さらにこんなとんでもないことを起こすとは…愕然としているというか、ショックというか、言葉が見つかりません」                             引用:集英社

斎藤淳容疑者は、今まで6回もウィリアム夫妻に嫌がらせを続けていたということです。そのな問題を起こし続ける息子を両親はいけないと思っていても、放置し続けたのでしょうか。

もし、この時斎藤淳容疑者の行動を止めることが出来ていれば、今回の事件になることはなかったのかもしれません。

斎藤淳両親への憎悪をウィリアム夫妻に重ねた

被害にあったウィリアム夫妻は、5年前に現在の住宅地に引っ越してきたといいます。今回死亡したのは、ビショップ・ウィリアム・ロス・ジュニアさん(69)、妻の森田泉さん(68)、娘の森田ソフィアナ恵さん(32)

斎藤淳容疑者の両親の年齢とウィリアム夫妻は同じくらいなのではないでしょうか。娘さんは殺害された当日たまたま自宅を訪れていたとのことでしたので、斎藤淳容疑者のターゲットは、ウィリアム夫妻であったのだと思われます

仲良く幸せそうにしているウィリアム夫妻を見て、斎藤淳容疑者は自分の親と面影を重ねてしまう所もあったのではないでしょうか。

本当は「ウィリアム夫婦が羨ましい」という気持ちから徐々に憎悪に変わってしまったのでしょう。斎藤容疑者は、元々は明るい活発な人。40歳の中年の男はいえ、本当は1人で寂しかったのではないでしょうか。

斎藤容疑者は黙秘を続けているようです。

 

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